岩坂彰の部屋

第12回 ネイティブ・スピーカーとの付き合い

岩坂彰

今でこそウェブにアクセスすれば、印刷された固い英語だけではなく、普通の「生きた」英語を簡単に見ることができて、その気になればどんな表現でも 検索できますが、20年前は辞書に載っていない表現の意味を調べるのはたいへんでした。とくに、一般の本にも専門辞書にも出てこないような新しい口語的表 現になると、もうお手上げだったものです。インターネット以前の時代にもパソコン通信というものはありましたから、英語圏の人たちの「フォーラム」にお じゃまして質問するという手はありましたが、そもそも尋ね方もろくに知りませんし、文字でのやりとりでは意図が伝わらないことも多く、やはり直接ネイティ ブ・スピーカーと会って質問するしかないと思いきわめたのが1990年頃だったと思います。

最初は大阪の国際交流センターの掲示板でした。Language Exchangeという張り紙をしている在阪の外国人に連絡をとって、何度か話をしているうちに、ネイティブなら誰でもいいというものではなくて、やはり ある程度「教養のある」人でないと、的確な答えが得られないということが分かってきました。それから、知人のつてを頼ったり、英会話学校でプライベート レッスンを利用したりと、いろいろ試してみて、今の形に落ち着いています。その、今の形について、現在の「コンサルタント」であるリッチ(Mr. Richard Williams)に紹介してもらいましょう。

For the last six years or so, I’ve been meeting with four translators three times a month. I have talked to other people about this group countless times, and after these many years, I am still at a loss for words as to what exactly I should call our meeting. Is it a class, a lesson, collaboration, or a discussion group? No, none of these really seem to be a fitting description. But no matter, after being given this opportunity to write some things about our group, I thought I would simply describe to the reader what we do and what makes this one of the most satisfying and enjoyable times in my schedule each month and let you the reader decide for yourself what it should be properly called. And also, maybe more importantly, decide if you might also benefit from this sort of group.

How this group works is very simple and straight forward. We meet for three one-and-a-half-hour sessions each month, usually with only two translators at a time. They bring in questions from their various projects, and we discuss these specific points. These questions vary from simply wanting confirmation that they understand a particular word, sentence or passage to talking about the specific nuances that different words contain. Each translator makes copies for everyone so that the entire group can contribute a collaborative effort to understand. It is this collaborative effort that makes this work so effective and more fulfilling than a typical English class.

This spirit of collaboration is part of what has made this gathering so satisfying and enjoyable, but even more so, is the constant change in content. Everyone is always working on a different subject matter. The scope of topics we have dealt with range from romance novels all the way to neuroscience; from medieval weaponry to drug dealing felons. And, the list goes on and on. Furthermore, the enthusiasm and dedication that the people in this group have towards perfecting their craft and attempting to master each new topic that they work with is truly inspiring. I could go on and on about the virtues and benefits of our group, but instead I will simply encourage anyone who is in the translation field to try it out for yourself.

Richard Williams

For questions or comments, please contact:Twin Oaks English

6年ほど前から毎月3回、4人の翻訳家と会って話をしている。このグループについては、これまで数え切れな いほど人に話してきたけれど、何年経ってもいまだにこの集まりを何と呼べばいいのか言葉に迷う。class? lesson? collaboration? discussion group?どれもしっくりこない気がする。しかしともかく、こうして私たちの集まりについて書くことになったのだから、とりあえず私たちがどういうこと をしているか、私にとってこの会合が毎月の予定の中でもとりわけ充実した楽しい時間になっているのはなぜかということをそのままお話しして、どんな呼び方 か相応しいかは読者の判断に委ねることにした。それに、たぶん呼び方よりもっと大切なことだが、ご自身でこのような集まりを活用することを、読者にお考え いただけるものと思う。

会の仕組みは単純明快。月に3回、1時間半ずつ、たいていは2人の翻訳家がやって来る。メンバーはさまざまな仕事の中から生まれてくる質問を抱えて いて、私たちはそれを具体的に話し合う。単純に単語や文の理解を確認してほしいということもあれば、いろいろな単語の細かいニュアンスについて話すことも ある。メンバーは他の人の分のコピーも用意しているので、全員で協力して理解を進めていくことができる。この協力の努力があるからこそ、集まりは大きな効 果を上げている。ふつうの英語教室よりもずっと達成感がある。

協力の精神は集まりを充実した楽しいものにしている1つの要素に違いない。だがもっと大きな要因がある。それは変化に富んだ内容だ。メンバーはそれ ぞれ、いつでも多種多様なテーマの翻訳に取り組んでいる。これまでに扱ってきた中身は、ロマンス小説から神経科学、中世の武器、麻薬の売人の話まで多岐に わたる。数え上げればきりがない。もう一つ加えて言うなら、メンバーたちが自分の技術を極めよう、取り組んでいる内容をその都度完全に理解しようとする熱 意と努力には、私自身本当に力づけられている。この集まりの優れた点や、ためになる点を挙げようと思えばまだまだ続けられるけれども、ここはただ、翻訳に 関わるすべての人に、ご自分でこのやり方を試されることをお勧めするにとどめよう。

リチャード・ウィリアムズ

ご意見ご質問はTwin Oaks Englishまで。

(岩坂訳)

ここに出てくる4人というのは、関西の翻訳仲間、竹内善さん、徳永優子さん、松田貴美子さんと私です。このグループではじめてネイティブ・スピー カーへの質問の機会を共同で持つことにしたのはいつだったかなーと、昔の手帳をひっくり返してみると、1993年のこと。もう16年もやっているんだ。最 初は博識なイギリス人でした。彼が帰国することになって、友人を紹介してくれて(ちょっと訛りのあるアメリカ人で、聞き取りに苦労した)、その彼も帰国す るときにまた友人を紹介してもらい(こちらはまじめなユダヤ教徒で、新約聖書の話になると私のほうが詳しかった)、さらに代わって4人目がリッチです。 リッチは大学で東洋史を専攻したサンディエゴ出身の男前で、大阪で英語教室を経営していて、日本人の奥様といっしょに日英翻訳の仕事もしています。年齢 は……えーと、何歳なんだろう。

英語感覚のサポート役

昔と違って調べ物の環境は充実してきましたから、単純に「これってどういう意味?」と尋ねることはあまりなくなり、それよりも、普通の英語読者はこれをどんな感じで読むのか、というあたりで、「これ、どう思う?」と尋ねることが多くなりました。

英語感覚のサポート役リッチと私。このときは質問者は私1人でした。知り合いの事務所を借りてやってます。場所をどうするかはけっこう悩みの種です。

翻訳のポイントとして、英語テキストを英語読者が読んだときの感覚と、訳文を日本語読者が読んだときの感覚をパラレルにするということがあるわけで すが、英語読者としての自分の感覚に自信が持てないときに、「ここはネガティブなニュアンス?、それともニュートラルに感じられる?」というような質問を するわけです。あるいは、「これって、よくある言い回し?」というのもよく訊きます。そうすると、「こういうケースではよく使うね。たとえば……」とか 「いやー、あんまり聞いたことないけど、でもこういう意味で言っているはずだよ」とか答えてくれます。Googleでもある程度推測はできますけど、訳語 を考えるうえで重要な情報です。

感覚というのは、フレーズのニュアンスのことだけではなくて、英語的なロジック、つまり話の組み立て方なんかにも感覚的なところはあります。内容を 詰めていっても両様の解釈が可能なところなどは、「この解釈でいいと思う? それともこっちの解釈だろうか?」と尋ねます。リッチも、もちろん文脈を理解 したうえで一緒に考えてくれます。

質問をするときには当然自分なりの読みを持っているわけで、答えを聞いて、「やっぱり良かったんだ」とか「あ、違ったか」となるのですが、英語的な ロジックということでいえば、正解の頻度からして、以前に比べて自分でもかなり「感覚」を身につけたなと思います。ノンフィクションのテキストを読むにあ たって、論理と感覚は車の両輪です(これは日本語のテキストでも同じです)。筋が通っていて、なおかつ納得できることが大切です。理屈の上ではネガティブ な論旨のはずなのに、言葉がポジティブに感じられる、というようなときは、どこかで間違っているのです。

実際、私たちが引っかかる箇所というのはリッチにとっても即答できる問題でないことが多いです。そんなときは、文脈や背景を説明しながらああだこうだと言い合っているうちに自分の頭の中が整理されてきて、やっぱりこっちだな、と自然に結論に至ることもよくあります。

ネイティブだからといって、みなが同じ答えをするわけではありません。3、4人に同じことを尋ねてみれば、たいてい違うことを言う人がいます。考え てみてください。日本人で、現代国語の「ここで言っている内容は次のうちどれでしょう」的な問題で、すべて正解してきた人がどのくらいいるでしょう(ま あ、設問が悪いことも多いんですが)。1人のネイティブの意見はあくまで参考であって、最終的な結論は、その本を全部読んでいる自分で下さなければなりま せん。

とはいえ、やはり安心感はあります。たとえば原著者が書き間違えているのでは?と思われる箇所について著者に質問を出そうとするとき、リッチに 「うーん、やっぱり変な気がするな」と言ってもらえれば、少なくとも質問をしておかしくない箇所であるという自信は持てます(原著者への質問は、けっこう ナーバスになるんですよね)。英語的に「ここはambivalentだね」と言われれば、安心して文脈から自分なりの判断を下すことができます。

こんな感じで、リッチが書いているように「授業」とも「討論会」とも言えないようなセッションを、延々16年積み重ねてきたわけです。きっと少しは実になっているはずだ……と思うことにしています。「英会話」という意味では、悲しいことに全然向上していませんが。

グループの仕組み

5年くらい前までは毎月4回、ほぼ毎週やっていて、だいたい2人ずつ、1人平均月2回出席していたのですが、やはり英語感覚の向上とともに質問が 減ってきたのでしょうね、現在は月3回で十分です。曜日と時間は決まっていて、毎月どこかの週をパスします。みなさん締め切りの関係などで質問の量に波が ありますから、それにあわせて適当に開催週を決め、場合によっては今月は2回、来月4回とか調整しながら進めています。ある人が月に一度も行けないとか、 質問がものすごく多いから1人でフルタイム使わせてくれということもあります。まあ、質問もないのに無駄話をしに行くという日もないわけではないですが、 基本的に質問したいときに出席すればいいというこの形が、長く続けてこられたポイントかなと思っています。

リッチへの報酬は1回1万円。1人当たりの負担は出席の人数によります。月に一度も出席しなくてもある程度は負担することになっていますし、喫茶店 を使ったときはリッチの飲み物代を均等に負担しますから、やや複雑な費用体系になっていますが、平均すれば1回5000円+場所代ということになります。 年10万くらいになりますから、資料費と考えても決して安い額ではありませんが、トータルとして悪い投資ではないと私は思っています。

人数がもっと多くて、ビデオ付きSkypeなどを使って効率よくやれば、もう少し金銭的には安くできるかもしれません(昔の「お茶の間留学」みたい ですね)。といっても、やはり相手とのパーソナルな関係が確立していなければ微妙な質問はなかなかできませんし、メンバー間の信頼関係も欠かせません。私 たちのグループはけっこう運に恵まれたところがあると思いますが、いろいろとクリアすべき問題はあります。でも、興味のある方は試してみる価値はあると思 います。

共同翻訳者として

これは余談ですが、大阪のある公共施設の英語版パンフレット向け英訳を、リッチと奥様と私とで毎年やっています(橋本改革のせいで今年はなくなりま したが)。基本的には日本人の奥様が英訳して、夫婦で話しながらリッチがリライトし、私が編集します。この場合の編集というのは、文章と図版の整合性を見 たり、アーティクル間の表記の統一を図ったり、キャピタライゼーションその他の書式を整えたりする仕事ですが、そのときに英日翻訳のつもりで英訳原稿と元 の日本語原稿を読み比べ、これでいいの?という疑問点をウィリアムズ夫妻に戻します。場合によっては日本語原稿執筆者への問い合わせを手配します。執筆者 から訳文に注文が付くこともあります。

この体制を作る前は、誰が訳したか分からない英文を私が編集していました。なんだか読みにくい英文だなあ、ほんとにこれでいいのかなあ、と思うこと があっても、目をつぶってなんとか形にしていたのです(私自身は日英翻訳はまったくやりません)。しかし、ウィリアムズ夫妻と組んで相互質問体制を作って から、自分で言うのも何ですが、パンフレットとしての出来上がりの質が格段に上がったように思います。ある程度日本語の分かる英語ネイティブ(リッチと奥 様)と、ある程度英語の分かる日本語ネイティブ(私)が組んで、原著者も含めた双方向のチェック体制を取る。完璧なバイリンガルの翻訳家を別にすれば、こ の形は翻訳の理想と言えるのではないでしょうか。

このコラムの連載を始めて1年経ちました。というか、第12回だというのに、微妙に2年目に突入しております(いつも原稿遅れてすみません>編集者 様)。このコラムは、翻訳者、翻訳学習者だけでなく、書籍編集者をはじめ翻訳に関わる業界関係者みなさんに、翻訳という作業の裏側にあるものを知っていた だこうというつもりで書いております。関係者の間のコミュニケーションギャップを埋めるのに少しでもお役に立てば幸いです。みなさまからのご意見ご感想に はとても励まされます。今後も同じスタンスで書き続けてまいりますので、引き続きご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

(初出 サン・フレア アカデミー WEBマガジン出版翻訳 2009年3月16日号)